● 年金問題を考える――業界の常識と社会の常識
正会員 村井英一
◆ 保険金不払い問題と比較して

最近、年金問題が世間を騒がせていますので、私も思うところを書いてみます。お立場などもあり、快く思われない方もおられるかと思いますが、何とぞご容赦ください。
年金記録のことが話題になる前、昨年後半から今年前半にかけては、生損保の保険金不払いの問題が話題となりました。生損保会社の不適切な判断による保険金支払い拒否など、いろいろなケースがありましたが、特約などの支給漏れの件数が多く、大問題となりました。多くの生損保が行政処分を受け、経営陣が謝罪会見をしていたのは記憶に新しいところです。
みなさんもFPとしていろいろと考えさせられる点があったと思います。その中で、ある損害保険会社の方がこのようなことを言っていました。(その方もFPです。)
「例えば車両保険で、代車を使わなかったから代車費用を請求しなかった。これが保険金不払いになるというのはどうかと思います。」
それももっともだという気もします。
◆ 「契約」についての考え方
悪質なケースも少なくありませんでしたが、それは別として、それまでの保険業界は、保険契約者または遺族などの保険金受取人が請求をしなければ、保険金を支払ってこなかったのです。「別に契約を無視しているわけではありませんよ。請求されれば、契約通りに保険金をお支払しますよ。」という姿勢だったのでしょう。契約にある以上、必要なものであれば当然、契約者は支払いを請求するでしょう。請求をしないということは、支払いを求めていないということであり、それをわざわざこちらから支払う必要まではない…というのが保険業界の暗黙の"常識"だったのでしょう。
しかし、世間の常識は違いました。
一般の常識は、「契約を結んでいるとはいっても、こっちは素人でよくわからないんだ。払える保険金があれば当然保険会社から言ってくるべきだろう。」というものでした。世間の批判は高まり、金融庁は保険業界に厳しい処分を下しました。各保険会社はあわてて、払えるはずだったのに請求がないため払っていなかった分の調査を始めました。膨大な件数になったのも当然です。不正をしたというつもりはなく、保険業界の常識に従っていたらダメだとなったのですから。この不祥事はいわば、保険業界の常識が世間一般の常識と違っていたということが明白となった事件でした。
私は、一連の報道で、「やっぱり民間の保険は、お客に勧誘をして契約しているのだから、それだけ顧客の立場に立った厳しい考え方が求められるのだな。」と思いました。
そして、こうも思いました。「それに比べると、お国は威張っているよなあ。間違いがあっても、こっちから訂正しない限り直さないし、もちろんあやまるわけもないんだから。」
別に私が現在の状況を予想したわけではありません。むしろこのような事態となることを予想できなかったのです。
◆ 年金問題、「裁定」する側の常識
年金の世界では「裁定」という言葉を使います。65才(それ以前の場合もありますが)になったら、それまで保険料を支払っていた人は、国に対して年金の給付を請求します。それを受けて、社会保険庁長官が、「よろしい。あなたは確かに今まできちんと保険料を納めていた。だから年金を給付します。」と年金の給付を認めることを「裁定」というのです。
ですから、あくまで国民の請求があったら国は給付をするのであり、国の方からわざわざ払ってくれるものではないのです(最近はだいぶ変わってきましたが)。
年金をもらう権利には時効もあります。5年です。それ以上ほっといたらもらえませんが、それは請求をしなかった本人が悪いのです。国は「裁定」する立場ですから、請求を促さなくても悪くありません。これが年金の世界の"常識"です。
さらに、昨今報道されているように、納付記録が分かれてしまっていたり、途切れていたりということも少なくありません。なにせ国民全てが対象なのですから、その数は膨大です。ミスだってハンパな量ではありません。でも、今までは問題になりませんでした。国民が証拠を揃えて請求すれば、訂正をするなど、「裁定」していたからです。
社会保険庁の事務に落ち度があっても、慰謝料を支払ったりということはありません。5年分遡って支給されるだけです。
◆ 普通の「常識感覚」が必要
今、いろいろな問題が明らかになり、社会保険庁への批判が高まっています。しかし、その件数のことを別にすれば、年金に携わる人(社会保険行政にかかわる公務員。社会保険労務士も)にとって見れば、当たり前過ぎて問題にもならなかったことなのでしょう。実際、一人1冊のはずの年金手帳を2冊持っている人など珍しくありませんし(私もそう)、それを社会保険事務所に持って行ったところで、1冊にまとめる手続きをするだけで、あわてて対応してくれるわけではありません。日常的なことなのですから。
世間一般から見れば、保険料を払ってきたのだから年金をもらえるのは当然であり、こちらから証拠を揃えるとか、ましてや国のミスでも5年までしか訂正してくれないなんて考えられないことでしょう。
昨今の大騒動は、年金の世界(業界)の常識と世間の常識が乖離していたことによる軋轢が吹き出したといえるでしょう。もちろん、業界の常識がまかり通っていてはいけません。業界は、世間一般の常識に照らして、ズレていないかを認識する、普通の「常識感覚」が必要なのだと思います。
しかし、こういったことは保険や年金に限ったことではないでしょう。私がかつて在籍していた金融の業界もそのようなことは少なくありませんでした。一般の方が聞いたらギョッとなるようなことも、自分たちの間では当たり前過ぎて問題ともならない、ということがありました。マスコミなどで取り上げられて、初めてこっちが驚くような…
◆ 大騒動になりそうな問題がほかにも
年金記録の問題で言えば、会社員の場合、会社がきちんと保険料を納めているかという問題があります。
悪質なケースでは、給与から保険料は引かれているのに、会社は納めていないということもあります。いざ、年金の給付を受ける段階になって、会社が納めていなかったことがわかっても、国は助けてくれません。会社を訴えようにも既に会社が存在していない可能性もあります。
今のところ話題にはなっていませんが、このようなことは少なくなく、保険料を支払っていたのに給付を受けられないことになりますから、何らかの対応が必要ではないかと思います。
社会保険庁も一時問題視して対策を進めていたところでしたが、この騒動で、それどころではなくなってしまいました。
「なぜ国はほっておいたんだ。世間の常識からしたら考えられない。」といつか大騒動になるのではないかと心配でなりません。
どの業界でも、その業界固有の特殊事情があり、やり方があります。それに早くなれることが一人前に成長するということでもあります。しかし一方、それに慣れすぎて世間の常識を忘れてしまっているということもあると思います。FPこそは世間一般の常識感覚を大切にしたいと思いますが、もしかしたら世間の常識からズレている部分もあるかもしれません。
(『くらかね通信』No.113:2007.06.29号より)
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